摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?:摂食障害治療のゴール

摂食障害の治療を考えるとき、
みなさんは、どこまで治療することを考えているのでしょうか?

それぞれに「治療が必要だね」と言いながら、
何を治療と考えているのでしょうか。

治療のゴールを家族は、その表面的な食行動異常などの
問題行動がなくなればいいとしばしば思い、
本人は、治したいのか、治したくないのか、
それさえも曖昧であることが多く、
治療者は、治療者によってそれぞれ異なるゴールを目指しています。

なぜ、治療のゴールが立場に応じて、
人に応じて一致しないのでしょうか?

一言で言えば、

“摂食障害の心の問題がわからない”

からです。

摂食障害の心の問題が理解できれば、
治療のゴールに段階論があることがわかります。

そして、ともに一致したゴールを
目指すことができるようになるだろうと思います。

(1)生命的な危機を回避する:摂食障害(拒食症・過食症)治療の第1段階

やせが著明で臓器不全などを起こし始めているとき、
著明な低カリウム血症をきたしているとき、
このようなときは、生命的危機が迫っています。

精神科的な心の治療よりも何よりも、
まず内科的に身体の治療を行うこと
が優先されます。

このとき、治療のゴールは内科で、
点滴治療などによって、
とりあえず生命的に危険な状態を回避することにあります。

そこで一旦、ゴールとして、
心の問題はそれからということになります。

摂食障害は、生命的に危険になる可能性があり、
人生そのものに影響する病気であります。

にもかかわらず、ときに、
「治療を受けるかどうかは、本人の問題だから、
本人の意志に任せる」と言って、
治療に抵抗する本人を放置する親がいます。

そのような親であっても、さすがに
身体的に生命の危険が目に見える検査データの異常となって表れると、
「治療を受けるかどうかは、本人の問題だから、本人の意志に任せる」
などと言って放置することはなく、
子どもを病院に連れて行って、治療を受けさせます。

でも、治療をここで終えてしまっては、
何ら根本的解決にはなりません。

心の問題を治療しなければ、再び、
生命的な危険が訪れる可能性は、非常に高いのです。

(2)体重を回復させ、健康な身体を取り戻す:摂食障害(拒食症・過食症)治療の第2段階

これは、おそらく
最も多くの治療者がゴールとするものでしょう。

著明なやせ、それによる身体への影響、
生理の回復、これらは目に見える異常であり、
まずは身体的な健康を取り戻すことを優先して、
治療のゴールとするのは当然です。

ただこのゴールだけに囚われすぎていると、
治療はしばしば難航します。

再び痩せ始めることもしばしばで、
再発の可能性は極めて高いと考えられます。

それは身体面だけに目を奪われて、
本人の心を見ていないからです。

本人が何を求めているのかを見ていないからです。

あくまで心の治療を目指しながら、
身体的な回復を図っていくというのが、治療の王道であると思います。

(3)拒食・過食・嘔吐などの食行動異常をなくす:摂食障害(拒食症・過食症)治療の第3段階

食行動の異常がなくなれば、体重は回復しますが、
体重が回復しても、食行動異常は残っている場合があります。

特に、過食・嘔吐といった食行動異常は
引きずることが多くあります。

治療者によっては、
「いつか治るでしょう」といったスタンスで放置される場合もあります。
しかし、それでは困ります。

何故なら、食行動異常がある限り、
体重の増減を繰り返し、本人自身も苦しいからです。

よって、治療に取り組むとき、
目に見えるゴールとしては、体重の回復とするのではなく、
この食行動異常をなくすことを目指すことです。

食行動異常をなくす過程の中で、
自ずと体重が回復するという形が望ましいだろうと思われます。

(4)摂食障害の病気の心性をなくす:摂食障害(拒食症・過食症)治療の第4段階

摂食障害(拒食症・過食症)の病気の根源は心です。

よって、治療の本当のゴールは、
摂食障害の病気の心をなくすことにあります。

表面的には、体重が回復し、
食事をある程度取れるようになっても、
摂食障害の病気の心がわずかでも残っていれば、
病気が再燃する可能性はあります。

それは、病気の心には湖面の波紋の原理が作用しているからです。

わずかな火種であっても、放っておくと、
徐々に火は大きくなり、再び大きく燃え上がるように、
病気の心がわずかでも残っていると、
ちょっとしたきっかけで病気は再燃します。

では、どのように病気の心を見抜くのか。

病気の心は、よく見ていると、ちょっとしたところに表れます。

例えば、

@一見、食べているように見えても、
肉類などを避けて食べ物の種類を限定する、

A体重が回復してもなお毎日、体重測定することに拘っている、

B治療目標などで決めた体重になった途端、
ピタリと体重増加が止まるといったことです。

他にもありますが、
ここではこの3つを例にとって、説明しましょう。

前者の2つの場合には、
「だって、他の女の子だってしているもん」
などと本人は言い訳をするかもしれません。

しかし、そのときはこのように言って下さい。

「もちろん、そうかもしれないね。
でも、普通の子だったら、それが治療のために必要だと言われたら、
肉類を食べることも出来るし、体重測定を止めることも出来る。
あなたもできる?

もし、できるならそれでいい。
しかし、それをやろうとしたら怖くて出来ないのなら、
その怖いと思う心こそ、病気の心なの。

だから、その心を治すために、あえて肉類を食べて、
体重測定を止めることをしなくてはいけない。

病気の心に打ち勝つ行動をすることによってのみ、
治すことが出来るのだからね」

後者の場合は、どこに病気の心が潜んでいるのか。

多くの場合、治療者が決めた体重でピタリと止まること自体、
おかしいことです。

人には、それぞれ適正体重があり、
どこか健康的な適当な体重で一定するものです。

しかし、それが治療者の決めた体重で一定するということは、
本人が意識していようとしていまいと、
どこかでコントロールしているのです。

これ以上増やさないようにとコントロールしている心こそ、
病気の心です。

治療者が43kgを体重の回復目標としていても、
47kgくらいまで回復して、淡々と過ごしているなら、
問題はありません。

しかし、43kgまでは順調に回復していても、
43kgになった途端に増えなくなったというようなことであれば、
病気の心が残っている可能性があり、
その問題について本人と話し合い、
病気の心と向き合わせる必要があります。

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